あなたが「好き」 どうしようもなく「好き」 だけど足りない 何かが違う そんな言葉じゃ気持ちは晴れなくて ほかの言葉を無意識に探す 見つかる言葉はただ一つ 「あいしてる」 だけどそれも何かが違う 思う気持ちにしっくりこない 恋人同士が使う定番の言葉なのに…… そもそも「好き」と「愛してる」の違いは何? 「愛してる」の意味を私は知りたい…… 「愛してる」って言えるまで
「なぁ、ラクス…」 「はい、なんでしょう?」 むぅっと考え込むカガリに、ラクスはふわっとした微笑みで返事を返した 「愛してるってどんな気持ちなんだろう?」 カガリは真剣なまなざし、真剣な声色でラクスに尋ねる まさかそんな質問がくるとは予想外だったラクスは、一瞬目を丸くした しかし、それも数秒もしないうちに元の女神のような笑みに変わる 「あらあら。そんなことをお聞きになるということは、候補がいる、ということですのね。」 「っやっっそうじゃ……っなく……」 カガリが真っ赤になって必死に否定しても意味はない ラクスはちょっとした意地悪をしただけだ カガリとアスランがそういう仲なのだということは、とうに承知している そして悩む相手がアスランだけだということもすでに知っているのだから 「そうですわね……」 ラクスは右手をそっと頬に添え、一瞬視線を宙に向ける ややあって、ラクスの視線の先が孤児院のテラスの方へと向けられた 「きっとそれは人それぞれの観念だと思いますけど、私はきっと一生に一度しか言えないと思いますわ」 「っえ…?」 テラスを見ていたラクスが、きょとんとするカガリへニコッと微笑みかけた 「それだけ私にとって重い言葉だということです。」 「・・・。」 言葉を失うカガリに、ラクスは彼女の心中を察したように口を開く 「カガリさんと私の考え方も異なるのは当たり前のことですわ。」 「……うん。」 「カガリさんの中での"あいしてる"の意味は私の答えを聞いただけでは納得できないのでしょう?」 いまいち反応のよくないカガリに、言葉を添えた しかし、問われたカガリは静かに首を横に振った 「ラクスの答えはいつも一番参考になるよ。」 今時の若い恋人達が「愛してる」を多用することに困惑していたカガリ 日常的に彼らはその言葉を伝え、相手の気持ちを確かめる しかし、それは重ねるごとに「決まり文句」に成り下がってしまうのだ 好きな人ができて、お互い気持ちが通じ合って、付き合い始めれば頻繁に言われる「愛してる」の意味について、カガリにはどうしても理解ができなかった いくら好きでも、「愛してる」と言葉を紡ぐことがためらわれる 大好きで大好きで、それだけでは言葉が足りないくらいに相手を求めているのに、その気持ちを満たす言葉は「愛してる」ではないような気がしてならなかったのだ それとも、言えない自分がおかしいのか 初めてこんなに深く一つの言葉について考えた 「でも、わたくしはこうも思いますわ。」 「?」 「いくら好きでも自分の命を掛けてまで護りたいと思える人々はどれくらいいるでしょう。」 「ぁ…。」 ラクスの言葉に思い当たる節を見つけたカガリは、小さく声を漏らした ふと、脳裏に父の姿が浮かび上がる 彼はオーブを「愛して」いた 愛していたから命を懸けてオーブの理念を貫こうと最後の手段を行使した 自分の命を掛けるほどの思い 戦争はその思いが交差している カガリは「愛する」という気持ちのいくつかの成れの果てをすでに見てきたのだ 国を護るために命をかけて軍に志願する者 守りたい人を護り抜くために自己を犠牲にする者 その護りたいものが護られるのなら、自分のこの小さな命で護れるのなら……と皆命を落としていった 「愛とは命そのものではないでしょうか。」 ブルーの瞳が暁の瞳を優しく包む カガリはずっと心に引っかかっていた答えをやっと見出せたかのように、さっきまでの苦悶の顔が消え去っていた 「わたくしたち一人一人が愛の形なのですわ、…きっと…。」 人は愛に接し、愛を受け止め、かけがえのない愛を育ててゆく そして、育ててきた愛を汚すものがいようものなら、全身全霊でそれを護ろうとする ただ、そんな真実の愛に出会える者がどれほどいるか…… 「私には…まだ資格がないな…。」 カガリは微苦笑し、肩をすくめた 「自分よりも大事だと思うことはできても、実行するに至るまでの気持ちが伴ってない…。」 だから言えないんだ… カガリはそっと自嘲する 「大好き」なんて安っぽい言葉がアスランへの気持ちに当てはまらないのは、もうだいぶ前からだった 心の中で何度つぶやいても、彼への気持ちがその言葉で満たされることはない カガリが知りうる上での他の愛の言葉は、「愛してる」だったのに、結局今までそれを言葉としてアスランに伝えられることはなかった 「自分が大事」だと思うのは罪ではなく、人間誰しもが抱く当然の思いだ 自分の置かれる状況が幸せで、もっと自由でいたいと思い、自分がどうしても一番になってしまう どんなに焦がれるほどに思いを寄せる相手がいても、自己の犠牲までは踏みとどまってしまうのだ 「けれど、きっと言える日が来ますわ。カガリさんには……きっと…。」 それが命を落とす直前になったとしても、言葉を貰ったものは一生死ぬまで心に留めておくだろう 一度きりにかけた言葉の重みは、どんな饒舌な言葉にもかなわない かなうはずがない 言いたいのに言えなかった月日分の思いは、必ず相手の胸を激しく焦がす またその相手も、待ち焦がれた言葉をやっと聞けた思いが、至大なる愛を生む 「だって、カガリさんはアスランに愛されていらっしゃるでしょう?」 「っぇ………、ええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」 穏やかに、そしてさらっと口にしたラクスに対し、カガリは椅子をガタンと倒してさらに後ずさった 「なっ……な、ななな何言ってんだラクスっっ!アスランはっそんなっっ」 あたふたと手を左右に振って、さらに顔まで必死に否定している 白い肌が、一気に高潮し、カガリの心拍数は極限に達した 「あらあら、そんなに大きな声を出してはテラスにいるアスランに聞こえますよ。」 「っっ!!」 ちらっと意識的にラクスはテラスに目をやる すると、カガリはぴたっと身体を硬直させ、口をつぐんで、すとんと椅子に腰を下ろした 素直すぎるほど反応を見せるカガリに、ラクスは微笑を隠せない 顔を真っ赤にし、ラクスの言葉と動作にいちいち反応を見せるカガリが可愛らしいと素直に思う しかし、ラクスは今アスランがどこにいるかなど全く把握していない つまりはカガリの反応を興味本位で楽しんでいるのだ カガリは大きく肩をなでおろし、ラクスには絶対かなわないことを悟った 窓の外へふと視線をやると、エメラルドグリーンの澄んだ海が視界に入る すぐに連想されるのは、その色と同じ瞳を持つ大切な人 同時にその人の笑顔が脳裏にちらついた 「言える日が……来るのかな…?私にも。」 今はまだ言えない それはカガリ自身が一番わかっている だけど、いつか、必ず、この胸を焦がすほどの思いを心から言える日がくるのなら…… 「私たちは、愛を貰って生きているということに気がつくことが出来れば、自然と訪れるものですわ。焦らずとも。」 「……うん。」 カガリは再び窓の外へと視線をやった 遠い未来に思いを馳せて……… いつか「愛してる」と言える日がくるなら、決してそれを聞き逃さないで それは一生分のあなたへの思いだから 「愛してる」って言えるまで、私はあなたへの愛をひっそり心で育ててるから どうか、それを聞き逃さないで……… fin. |