言葉に勝るもの




オーブに降りて数日が経った
情勢は極めて不安定だったが、間もなく停戦が終戦に変わる頃だろう
若い戦士達は羽を休め、彼等本来の姿を取り戻しつつあった

そんな中、彼の瞳に気になる2人の姿が映る
2人の間に何があったのか、彼はあえて聞かなかった
彼とラクスも戦闘前には無事を祈りあったのだ
同じようなことを目の前二人がしていてもおかしくはない
そう、思う

けれど、あまりにも彼らは変化がありすぎのような気がしたのだ
距離を置いているのだということが一目瞭然の二人
いや、むしろカガリが戸惑って離れていっているように思えた
アスランと目が合えば、息が詰まったように顔を赤くするカガリ
食卓を囲むのもアスランの目の前は極力避けているようだった



「……ねぇ、アスラン?」
「なんだ?」


少し戸惑ったように尋ねるキラに、アスランは不思議な顔をして問い返す
2、3秒目を合わせたまま何も言わずにいると、アスランの眉は少しゆがんだ


「??なんだよ。」


何かを尋ねたいという眼差しがひしひしと伝わってくるにも拘らず、キラからは何も言ってこない
しかし、アスランがいよいよ不快そうな顔を見せるとやっと口を開いた


「カガリに…、なんかした?」
「っぶっっっ」


顔色を一変して、驚きに咳き込む友人、アスラン・ザラの様子を見ただけで疑問は確信に変わった
キラ・ヤマトは優しい手つきで、彼の背中をさすり、大丈夫?と声をかける


「い、いきなりなんだよキラ。」


声をひっくり返しながら、口から溢れた飲み物をフキンできれいに拭うと、少し戸惑ったような目でキラを見つめる


「うん…、カガリの様子がちょっと変だなぁと思ってね。」
「だからって、なんで俺が出てくるんだ?」
「だって、アスランが何かしたんでしょう?」
「っな、何かって何だよ」
「僕がそれを知るはずないじゃない。」


ごもっとも。
アスランとカガリの間に何かがあった
それは確信に近いが具体的に何があったかまではキラにだってわかるはずもない


「根拠もないのに俺のせいにするなよ。調子が悪いだけだろ。」
「……もしかして、気付いてないの?アスラン。」


キラの問いかけに、アスランは目を丸くする
何を?と尋ねる言葉も喉の奥に消え、アスランはキラのその先の言葉を待った


「カガリ、アスランを変に意識してるよ?」
「ッっ……」


アスランの頬は一気に紅潮し、何か言わねばと口をパクパクさせていた


「きっ、気のせいだろっっ」


探るようなアメジストの瞳に、アスランはたじろぐように視線を逸らした
目に見えてわかる「動揺」
しかし、それ以上キラは詮索するのをやめた
カガリが彼を意識しているのだと、キラから打ち明けてあげた
この先、カガリの態度に変化があるのだとはっきりわかったアスランがどう動くのか
それがキラには見物だったのだ

アスランはキラに背中を向けて、足早に部屋に戻って行った



********************



「こぉ〜らぁ〜待てぇぇ〜!!」
「やっだよぉ〜」


孤児院のダイニングではカガリと子供たちの追いかけっこが繰り広げられていた
心を開いた子供たちは、気さくな姉貴分のカガリを大いに気に入っている
と、同時に、よき遊び相手でもある
すると、イタズラを仕掛けられるのは当然おまけとしてついてくる事柄であって……


「あらあら、お部屋の中で走っては危ないですよ。」


おなべの中で玉じゃくしをクルクルとゆっくりまわしているのはピンクの髪のお姫様
ラクス・クラインだ
彼女は、彼女の傍を駆け抜けて行くカガリと数人の子供たちにチラリと視線をやる
すると、なにか思案げにクスッと微笑み、さらに後ろへと視界を広げた


「アスラン、子供たちとカガリさんを止めてくださる?」
「っえ?」
「え?」


少し距離のある場所に座っていたアスランは、突然声をかけられぎょっとする
と、同時にその内容にあからさまに動揺したカガリもビクリと体を硬直させた


「ラ…ラクスッなんでアスランが出てくるんだよっ」
「あら。だってわたくしが言っても皆さんお聞きになりませんでしょう?」
「アスランに言われたって同じだっ!私が言ってもみんな言うこと聞かないんだし。」
「でもカガリさんにはわたくしよりもアスランからの方が効果的じゃありません?」
「っっ!?」


ラクスは別にカガリや子供たちが騒いでいることを怒っているわけではない
寧ろ微笑ましいことだと思っている
それでもラクスはちょっと意地悪げに微笑んでカガリを見つめた
う〜っと、うなったカガリは一瞬アスランを見やったが、途端にかち合った視線ははじけるように宙に向いた


あらあら…


くすくす小さく笑うラクスを少し離れた場所から静かに見つめる姿が一つあった
彼の名はキラ・ヤマト
その視線に気付いて、ラクスはキラに向かって柔らかく微笑む
するとまるで見えない合図でもあったかのように、2人の視線はカガリとアスランに向けられる

そこには視線の通わない空間
『気まずい』を図に描いたような姿


「カガリ……、部屋の中では走るなよ。」
「っわ、わかってるさっ!そんなこと!!」


言うや否や、カガリはドスドスと恐竜のような足取りでダイニングを出て行くのだった


「アスラン」


そっとアスランとカガリ、そしてラクスの様子を見ていたキラが穏やかに言葉を紡ぐ


「………。なんだよ。」
「わかってるよね?」
「……。何が。」


アスランはそっけない言葉をひたすら返し続けた
それでも、キラはまるでそんな彼をなだめるような柔らかい口調で話しかける


「カガリを連れ戻してくるのが君の役目。」


アスランは俯いたままじっとキラの言葉をきいていた
何か必死で思考を巡らせているように、視線は一点を見つめている
ややあって、重たげな口が開いた


「キラが行けばいいだろ。」
「カガリはアスランを待ってるんだよ。」


アスランは顔を上げ、キラの顔をじっと見詰める
キラはあえて聞いてこない
アスランとカガリがどうしてこんなにも気まずそうにしているのか

アスランはキラに指摘されるまでカガリの態度の変化に気付かなかったが、言われてみると心当たりは十分あった
そう、オーブに降りてからマルキオ導師の施設で子供たちの世話をしていて心のどこかで違和感を感じていたのだ
カガリの態度がぎこちない、と


「アスランしかいないんだよ。アスランならカガリをここへ連れてこられるはずだから。」


キラの優しいまなざしに後押しされるように、アスランは無言でダイニングを後にした



*****************



海のさざ波の音
カガリは、玄関の階段に腰掛けて、月の光を浴びた海岸を静かに眺めていた
波の音は、カガリの心臓の高鳴りを静かに鎮めてゆく
短調に思える波の音は、子守唄のように安らかな気持ちへと変化させていった


「っはぁ……」


今しがた喉に詰まっていた息を吐き出すように、大きなため息をつく
と同時に顔を両手で覆って、ガクンと頭をうなだれた


「なに……やってんだろうなぁ私は…」


ひとりごちて、自己嫌悪に陥る
最近自分の行動がおかしいことは自覚していた
その変化はラクスやキラには発動しない
ただ、一人にだけ、自分の体は過剰に反応を示してしまう
嫌いなわけじゃない
むしろ、ほっとけないと思うし、傍にいたいと思う
こんな気持ちを初めて与えてくれた人に、どう接すればいいのかわからないだけ……


「アスラン…」

「何だ?」
「っっえっ!?」


無意識につぶやいた名前に思いもよらず返事が返ってきて、カガリは身体を翻した
そこにいるのは、今しがた口にした名前の持ち主
月明かりに照らされて、神秘的にも思える容貌


「おっおまっっ、なんでっっ」
「キラやラクスが心配してるぞ。いつまでこんなところにいるつもりだ?」


言い方が気に食わなかったのか、カガリの頬はプクッと膨らみ、さらにそっぽを向いてしまった
その態度に、呆れ気味にアスランは肩を落とす


「なぁ、カガリ。」


カガリの後姿を見つめながら、アスランは声を潜めて問いかけた


「俺に何か言いたいことがあるんだろ?」
「ない。」
「ないわけないだろ。キラだって気付いてるんだからな、カガリの態度がおかしいこと。」
「……っ。」


一瞬カガリの肩がビクッと小さく跳ねた
キラにバレていたことに対してだろう
それでもカガリは意地でもその場から離れようとしなかった
さらには膝を抱えて、顔を腕の中に埋めてしまう


「いいからほっとけよもうっ。」
「そうはいかないだろ。」
「なんで。」
「なんででも。」
「理由になってないっ」


カガリのくぐもった声がじわんじわんと空気を伝ってアスランへ届く
波の音がやけに耳に響いた


「カガリッいいかげんにっ……」
「っっ」


アスランが強引にカガリの腕を取ると、驚いて反射的にアスランを弾き見た彼女の瞳から雫が落ちた


「っ…………カ…ガリ…?」


まさか泣いているとは思わなかったアスランは、目を丸くし、とっさに腕を手放してしまった
涙を見られたカガリは悔しそうにジトリと睨むと、瞳から滲んでいた涙を振り払うように軽く頭を振った


「俺が……悪いんだな?」
「別にっ。」
「なら、何で泣くんだよ。」
「汗だ、汗っ!」
「そんなわけあるかっ。ちゃんと言わないとわからないだろ。」


責め立てるような声に、カガリはむすっと口を結んで、そっぽを向く
それでもカガリにも言い分がある
それを言わずに大人しくしていられるほどカガリはお人よしではなかった


「お前こそっ、ちゃんと私に言えよっ!!」
「っぇ。」
「はっきりしないと気持ちが悪いんだよっ。」


ヤケクソだっと言わんばかりに、カガリは吐き捨てる

「あれからお前普通だしっ!全然何も言ってくれないしっ!一瞬の気の迷いとか、そういうの責めたりできる筋合いないんだからっ私には!!」
「……何を…」
「期待……しちゃうじゃないかっ。あんなことがあったら!!」
「っ!?」

今、死の恐怖を乗り越えた彼らは生きている
未来がある
けれど、カガリの中で時間は「あの時」からさほど進んでいなかった
アスランに関してだけ……


いまいち具体性に欠けるが、アスランにはカガリが言わんとしていることがすぐにわかった
しかし、それに関してカガリがずっと悶悶と悩んでいたとは考えにくく、アスランは未だに信じられない

「お前っちゃんとっ、何も言ってくれないしっ!っっだからっ」

アスランが思ったことをズバズバいうタイプではないことはカガリだって承知している
だが、あの時以来アスランはカガリと普通に接し、普通に会話し、寧ろ少し距離を置いているようにも感じていた
命を落とすかもしれないというその時に、自分の心を落ち着かせるために近くにいた自分が都合よく精神安定剤代わりにされたのかもしれない
当然そうであっても、素直に言うような彼ではない
言ったところで、カガリに彼を責める権利なんてなかった
人間の精神状態は感情にも影響を与える
それは今のカガリには十分理解し得ることだから……


それでも、カガリはアスランを意識せずにはいられなかった
「君は俺が護る」と透き通ったエメラルドの瞳が自分をまっすぐと見つめた時に、カガリの胸は経験したことのないほどに熱くなった
キサカが護衛についていた時に幾度となく言われていたはずの「護る」という言葉がまるで別の言葉のように聞こえたのだ

アスランは静かに、そしてゆっくりとカガリの肩を自分の胸元へと引き寄せた


「っ!?」
「カガリが望むなら……、俺は何度でも言葉を伝えるよ」


アスランの胸元に触れる耳から、トクントクンと強い鼓動が聞こえてくる


「でも、カガリへの気持ちは言葉でうまく表わせないかもしれないけど。カガリが望むのなら。」


一瞬でわかる彼の緊張
抱きしめてくれる腕が優しすぎて涙が出そうになる
伝わる鼓動と、彼の体温は、カガリの中の悲観的な考えをすべて消し去った
カガリはそっと目を閉じて、アスランの胸にそのまま頭をゆだねる


「……もういいさ。もう……十分だ。」


カガリの声は、さっきとは打って変わって安心感が滲み出ていた
言葉がなくても、彼の身体が伝えてくれる
心地よいリズムと共に……


言葉が欲しい、そう思ってしまうのは常だけど、言葉にできないほどの気持ちが彼の本気
不安も、期待も、戸惑いも、すべてが今は愛おしい


「…ん……。じゃぁ言葉の代わりに…」

「っっ!?」


ちゅっ


掠るような感覚が唇に走る
一秒も満たないほんの一瞬の出来事
触れた、ということを意識した時には彼の唇はすでにカガリとは反対側を向いていた


「っっず、ずるいぞアスランっっ」


背中に向かってカガリはいじけたように言う
恥ずかしさと、悔しさと、でもやっぱり嬉しさが混じって本気で怒る気にはなれない


「何がずるいんだよ。いいだろ別に…。」


横髪から見え隠れする耳が赤く染まっていく
カガリの方を振り返らないアスランの顔を想像して、カガリは彼に気付かれないくらい小さく微笑んだ






そんなお前が好きなんだ


言葉に言うのは癪だから、心の中でなら何度でも言ってやるさ


不器用なアスランが……大好きだ








fin.




〔戯言〕
あぁ……はい。強制的に終了に持っていきました。
最後の言葉は私の言葉。笑。
そう、不器用でなくっちゃアスランじゃないですって。器用に世渡りされちゃ〜困ります。
今回はまた「星のはざま」辺りのシーンということで、アスランを変に意識しちゃってるカガリを書いてみました。
で、私の悪いクセですが、アスカガを書きたくてもどうしても第3者が出てきてしまいます。
そのせいでダラダラと長くなるんですねぇ。
それにしても文章表現が乏しい自分に嫌気が差します。
言葉選びの辞典を買ったんですが、面白いと思いつつ小説を実際書いてるときは一回もまだ開いていません。
あぁ、その前にこの数日の間でいずこへ行ってしまいました。
そこら辺にあると思うんですけどね。汗。
というわけで、最後はやけにアスランが変貌してしまった作品でした。(はぁ……落ち込む……;;)