「アスランに限ってそんなことないとは思うけど…」 そう言ってキラは戸惑いながらもカガリに心中を打ち明けた 「アスランの中のオスに気をつけてね、カガリ。」 そのときのカガリの驚きようは、それはもう右ストレート一発分ほど大きなものだった
私に触れて…… アスランがアスハ邸に身を置いて数日が経とうとしていた カガリの乳母マーナの小言は相変わらずで、カガリの周りにいる男性には容赦がない それほどカガリのことを大事に思っているということだが、毎日聞かされるアスラン身としては苦痛以外の何モノでもない しかし、このストレスの原因をカガリに打ち明けられるはずもなく、アスランは例のごとく自分の中に溜め込むというあまりにも悪循環な選択をしていたのだった 「…アスラン?」 「ん?なんだ?」 ダイニングテーブルで食事をとっていたアスランの様子を、伺うようにカガリが見つめる しかし、アスランがきょとんとカガリを見返すと、「あ、いや、別に」と言って慌てて視線を自分の食事へと戻す ここ最近、このパターンが定着していた 「なぁ、カガリ…」 「っえっ!?な、なんだっ!?」 何かやましいことでもあるのだろうか カガリの反応が過剰すぎて、アスランは不安になった もともと隠し事など不得意な彼女だ しかし、自分の最近の挙動不審ぶりに気付いていないのだろう 「俺に何か言いたいことはないのか?」 「え……えぇぇ!?」 あたかも「なんでわかったんだよっ」とでもいうような反応振りに、アスランは自分の言葉に確信を持った しかし、彼女は変なところで強情だ 簡単には明かさないだろう 今日までずっとアスランに言えずにいたことなのだから 「何か言いたいことがあるんだろ?」 「あ……いや、でも…」 「でも、何?」 アスランとカガリの瞳が宙でぶつかる カガリの心中を射抜くように、アスランのエメラルドの瞳がまっすぐと彼女を見る 「その……」 フォークを握る手がフルフル震える 「えっと…」 溜まらずアスランから視線をそらすものの、チラリと様子を伺うように琥珀とエメラルドがぶつかる 「だ…から……」 カガリの脳内では大きな葛藤があるのだろう 溜まらず瞳をぎゅっとつぶって拳を握った 「そっそんなこと言えるかっバカァァァァァァァァァァァァ!!」 「っへっ?」 ダダダダダッとその場を去っていくカガリを、マヌケな顔をしたアスランは追うことができなかった ********************* 「ア、ア、ア…アスランのばっかやろぉ〜」 ぼふっと枕に顔を押し付け、こもった声が部屋に響く 「私の気も知らないで……」 誰に打ち明けるでもなく、ひたすら枕に向かってつぶやいた しかし、冷静になって考えてみると、一方的に「ばかやろう」と叫んでしまったことにひどく後悔をする アスランだってカガリのことを心配してくれていたのだ そう思うと、カガリの胸が痛んだ 「でも……だからって今更どんな顔して出て行けばいいんだよ…」 コンコン 「カガリ、いるんだろ。」 「っっ!?」 のどの奥に息が詰まる まだ心の準備が出来ていないまま、悩みの種がやってきてしまった とっさにカガリは毛布を頭からかぶる 「入るからな。」 その一言が耳に届いた瞬間、カガリは心の中でアスランを殴った 誰が入っていいと言ったんだ!!……と しかし、毛布の中から顔を出すことなど出来ず、扉の開く音が否応なしに響いてきた 身体を平らにし、毛布の中には誰もいないのだと錯覚されられれば良し 必死でカガリは背筋を伸ばし、外から見てベッドの上が無人だと思わせようと企図した が…… 「バレバレだぞ、カガリ」 毛布をめくったアスランが、呆れたように小さくため息をつきながら、あらわになったカガリに言った いわゆる「気をつけ」状態になっていたカガリは、毛布をめくられ光を浴びる自分をひどく蔑む 何故もっとうまくできなかったのか、と かくれんぼには自信があったのに、と そんなカガリの試行錯誤など知る由もないアスランは、ストンとベッドに腰をかけ、未だ先ほどの体勢から動こうとしないカガリを見下ろした なんともへんてこな構図である 「なに怒ってんだ?」 「怒ってない。」 言いながら、カガリはぷくっと頬を膨らませる 「怒ってるじゃないか」 「怒ってない。」 すっぱり断言するカガリを飽きずに見下ろし、アスランはカガリの頬へと手を伸ばす 「じゃぁ、これはなんだよ。」 膨れた頬に、ツンツンっと優しく指を当てた するとさらに機嫌を損ねたように眉をしかめて、アスランとは反対方向に顔を向けてしまう が、身体は先ほどと体勢が全くかわらない いいかげん身体を起こしてもいいのに、とアスランは密かに思うが敢えて言葉にはしなかった 「俺、なんかしたか?」 「・・・・・。」 問いかけには無反応 アスランは軽く肩をすぼめた 普段あんなに大人たちと同等に肩を並べるようなカガリが、今はとんだお子様ぶりだ 「ハツカネズミはカガリも一緒じゃないか。」 「っ違うっ!!」 間髪入れずに力強く反発が返ってきた 「じゃぁ思ってることちゃんと言えよ。」 「それならお前は素直に答えるんだろうな!?」 「っえぇ?」 言っていることがよく理解できずに思わずマヌケな声が漏れる 気付いてみると、カガリの視線はアスランをジト〜リと見上げていた 何度も言うが、体勢はそのままで…… 「俺が答えなきゃいけないこと……ってことは、文句とか不満とか要求じゃないのか…。」 てっきり言いにくい不満をぶつけられるのだと覚悟していたアスランは、頭の中で他の選択肢を探してみた 他に言いにくいことで、ここまでカガリが暴れん坊になってしまうような事柄 それは到底アスランには予想不可能なことだった 「わかった。…わかったから言ってカガリ。」 促すように、そっとカガリの肩に手を添える カガリは顔をうつぶせて、数秒何かを考え込むような様子を見せたが、カガリの頭上に位置していた彼女の右手が、肩に重なるアスランの手を包んだのを契機に言葉をゆっくり紡いでいった 「アスランは…………、私を女として見てるのか………?」 「っっ!!?」 アスランの驚愕の言葉はのどの奥に詰まり、全身でたった今聞こえてきたフレーズを一生懸命理解するために全神経が脳に集まった 「どうなんだよっ」 今度は少し乱暴に問われ、アスランは答えとなる言葉を必死に探す 何せ、予想範疇をとてつもなく飛び越えた発言なのだ どう答えるべきなのか、パニック状態のアスランにはすでに思考する余地はない 「あ、ああああのなカガリ、どうしてそんな…」 「質問してるのは私だ。完結に答えろ。」 「っっ」 そう言われたら、答えを単刀直入に言う以外何もアスランの言葉を受け入れないだろう 特に今のカガリの状態では… 先ほどからカガリはアスランの方をいっこうに見ようとしない 聞いているカガリも、今まで躊躇していた分かなりの勇気が必要な問いかけだったのだろう なら、尚更アスランは真摯に答えるべきではないか ふと、天井を仰ぎ見るアスラン すでにほとんど心拍数は安定している カガリの問いの意味も正確に理解した 素直に、完結に、アスランはカガリの質問に答える言葉を見出した 「……うん。」 たったの一言 一秒も満たない返事だった カガリからの反応はない しかし、アスランはそれ以上の弁解の言葉を持ち合わせなかった 下手に言い訳してもカガリの機嫌を逆撫でするだろうと、最初から考えを除外していた 「キラ……が……、」 「ぇ?」 突然出てきた親友の名前に反応し、アスランは未だうつぶせになったままのカガリを見つめた 「キラが……言ったんだ。アスランに……気をつけて、って……」 「っはぁ…?」 最近のカガリの言動を左右していたのは他でもない、キラだったのだ アスランはそれを理解すると、無性に力が抜けてしまった 全く余計なことを吹き込んでくれる、そんな呆れ果てたため息が漏れた 「言っとくけどな、俺はちゃんと立場は弁えてるからな。カガリもキラのそんな言葉、間に受けるなよ」 さも自分はカガリに手を出す気なんて毛頭ないと言わんばかりに、キラの言葉を信じたカガリを軽く咎めた 正直、アスランはカガリと他愛ない話をしたり、2人で普通の恋人同士のように身体を重ねあいたいと思う気持ちはある だが、今はそんな浮いたことをしている場合ではないことをアスランはちゃんと承知している カガリが余計な不安を抱く必要なんてないのだ それでも、カガリの態度は先ほどと全く変化はない これ以上何を言えばいいというのか 「俺はお前の安全を約束する身だろ。カガリが嫌がるようなことなんてするわけないじゃないか。」 キラが植えつけたアスランの危険性は、カガリの中で根強いらしい アスランは、ここにはいない親友を今すぐ呼びつけて怒鳴りつけたい衝動に駆られた しかし、そんなアスランとは反対に、カガリから返ってきた言葉は思いもよらないものだった 「気をつけるも何も、アスランと普通の会話も出来なくなったし、アスランは他人行儀に私に話しかけるし、触れられる距離にも滅多にいないじゃないかっ」 「……え?」 それはどういう意味だ? さらにまたアスランの思考はフル回転を始める 「いっそのこと、キラの心配事が現実になればいいのにって思う自分が嫌になるって言ってんだよ!!」 手はこぶしを握り、顔をフトンに押し付けたカガリはこもった声色になるにも拘らず吐き捨てるように口走った その姿を上から見下ろし、開いた口は言葉を紡ぐこともできずに放置される カガリの今の顔を見たい衝動が、アスランの手を彼女の頭部に動かすが咄嗟にその手を引いた 「お前、バカみたいに真面目すぎるんだよっ」 期待……しているわけではない でも、あれから一度もアスランとは触れ合っていないのだ そう、あの日から…… 『カガリは、俺が護る』 心臓が壊れるほどに鼓動し、体が溶けるほどに熱かった アスランの言葉と、その言葉を護ることの誓いの口付け 思い出すだけで熱くなる唇 高鳴る鼓動 疼く心 しかし、アスランがアスハ邸に来てからというもの、カガリは仕事に追われっぱなしで、アスランとゆっくり話す機会もほとんどなかった お互いの気持ちをはっきりと言葉にしたわけではない 言葉にせずとも、気持ちは通っていると信じている それでも……それでも心は常に落ち着かなくて、言葉を欲している自分がいるのだ しかも、極めつけはキラの言葉 アスランをオスだと言い切ったキラの言葉の真意 アスランがアスハ邸に身をおくことを決めたその日に、キラは不安げにカガリに忠告した 『アスランがカガリのボディーガードになってくれるんだってね。アスランなら安心だよ。彼は腕が立つし、優秀だもん。カガリをどんな魔の手からも護ってくれると思うよ。だけどね、やっぱりちょっと気にかかるんだ。アスランに限ってそんなことないとは思うけど、アスランの中のオスに気をつけてね、カガリ。』 まさかキラから忠告を受けるとは思ってもみなかった しかも内容が内容だ 普通の会話なら記憶に滅多に残らないのに、あのキラの言葉は今でも鮮明に脳裏に甦る 消し去りたくても無理だった アスランを目の前にするだけで、キラの言葉が駆け巡る 「あんなこと……言われたら、気にするに決まってるじゃないか……」 「カガリ…。」 自分の最近の奇妙な行動を正当化しようにも、恥ずかしさはあるようで、もごもごと口先で言葉をつぶやいた カガリにとってアスランは未知の自分を知るきっかけを与えた人物だ こんな気持ちが自分にあるのだと教えてくれた 今まで感じたことのない衝動が体の中を貫いたあの瞬間を今でも鮮明に思い出せる また同じような感覚を体験できることに、不安はあっても恐怖は感じない 「えっと……、あ……何ていうか……」 アスランは言葉に迷い、それと同時に不安定に手が動いていた 気持ちが動転しているのだろう 無意識に手がアスランの動揺を表わしていた 「素直に嬉しい……って思っていいんだよな?」 うまい言葉が浮かばない だから今の気持ちを率直に告げた アスランのぎこちない手はやっとカガリの頭にたどり着き、柔らかい手つきで軽く金色の髪をすいた すると、ようやくカガリの顔がアスランの方へ向く 「……ばか」 恥ずかしそうに、それでいて甘くカガリの唇が小さく紡ぐ 束の間の幸せ、とはこういう瞬間をいうのだとアスランは実感する 自然と笑顔がこぼれ、もう数十秒もカガリと視線を交わしている感覚を覚える エメラルドとオレンジが融合してしまうほどに見詰め合っていた中、ふとカガリが眉を八の字にして視線を逸らした と思えば、身体をもぞもぞ動かして、うつ伏せになっていた身体を少しアスラン側に傾ける そこから不安げに伸ばされた手が、アスランの袖を頼りなく握る 「っ……カガリ…」 それが合図だった アスランは、上体を少しずつカガリのほうへ沈ませてゆく それに比例して、カガリの瞳がゆっくりと閉じていった 完全に瞼が閉じるほぼ同時期に2人の唇は重なり、アスランはカガリとベッドの隙間に腕を滑り込ませ、頭部を抱え込む体勢になった ややあって、何かの合図のように唇は離れたが、途端カガリの両腕はアスランの首に回され、二人はさらに深く口付けを交わす 口角から吐息が漏れ、二人の感情をさらに深間に追いやった 「っアスッ……息っっできなっっ……」 息をする間も与えぬようなキスに、カガリが音を上げる 「っっご、ごめんカガリっ」 咄嗟に唇を解放したものの、今しがた感じた温かい熱が口元から消え去り、どことなく物悲しい気持ちを呼び起こす アスランの首へ回されていたカガリの腕は、いつの間にかなくなり、アスランの胸を頼りなく押さえていた ベッドに無造作に広がる金色の髪、その中心に熱を帯びたピンクの頬が浮き上がり、恥ずかしげに半分伏せられた琥珀色の瞳がアスランを見上げている 「っっ」 今まで必死にアスランが押し隠してきたものを、今目の前の少女はいとも簡単に表に引き出そうとしている それでも強固な理性で踏みとどまった これ以上はだめだ 必死に言い聞かせ、いつもやってきたように自分の立場をしきりに思い起こす 気がつけば、ベッドにカガリと共に横になっている状態だ アスランは慌てて手を突き身体を起こした まさにその時だった 「カガリ様ぁ〜、シーツのお取替えに参りま…………し、た……」 「っっま、マーナっっ」 「っっ」 ノックと同時に部屋に入ってきたマーナは、カガリの返事を待つこともなく扉を開けた マーナが部屋の中に視線を向けた瞬間見たものは………当然カガリとアスランの姿であって、ぎょっとする二人の目がマーナを見つめていた 「な、なっっ何をなさってるんですかお二人ともっっっ!!!!!!!!」 アスランが寸前に身体を起こしていなければ、さらにひどい展開になっていただろう しかしカガリが、気分のすぐれなかった自分をアスランが心配して見に来てくれたのだと弁解すると不満を漏らしながらもアスランへのお咎めは疑惑の視線のみで終わった アスランは退室を余儀なくされ、素直に自室へと戻る 「もうっ全く、カガリ様のお部屋に軽々しくお入りになるなんて最低ですよアスランさんはっ」 「あ、やっ、だからアスランは…」 「カガリ様もカガリ様ですっ!!殿方はみ〜んなケモノに変身するんですからっ気をつけなさいませ。」 「っぇ……」 そんなマーナまでキラと同じようなことを……という言葉は必死でのどの奥に押し込めた 何はともあれ、今日はカガリとアスランの心の距離が一気に縮まったことは確かである そしてカガリは、一度鍵を開けてしまった男性の理性の脆さを身を持って体験することとなる しかしそれは、また別のお話……… fin. 〔戯言〕 完成です。カガリとアスランがキラに翻弄される、の巻きですね☆ どうにも星のはざまの辺りから私の妄想は展開される傾向にありますねぇ。 というか、その辺でしか妄想ができません。貧しい妄想力を呪います… 何はともあれ、ちょっとおアツイ2人を書けたことに満足です。 今度は絶対裏を書きたいなぁとか、途中書いててすっごく思いました。 やぁでも本編のアスランとカガリが大好きな私はなかなか裏の行為に持っていけないんですよ。 アスランの理性がすっごく固そうで。 まぁキスとか軽々やってのけちゃいましたが、結構場所とか雰囲気とか立場を弁えている子なので、よっぽどの要因がない限りそっちの方面に進まないだろうなぁと思うんですよ。 もっと本編から自分の思考をぶっ飛ばせればいいんですけどね。 |