こんなにも……自分の男という存在に嫌気が刺したことはない
大切な人を守りたいと思っていたのに
初めて感じた暖かい気持ちだったのに

ほかの誰でもない
自分の手で……それを壊してしまった

そんな自分が腹立だしくて
どうすればいいか途方に暮れて
ふと脳裏に浮かんだのがアレだということに
内心とても戸惑った





INSTINCT〜アスラン〜2





目の前の光景は、アスラン自身の胸をも痛めた
自分のせいで傷つけた彼女の心
それを考えて、アスランはどうしようもない後悔の念を抱いた
今更後悔したって、時の流れは止まらない

修正することなどできないのだ

大切なのに、止まらなかった
守りたいのに、傷つけてしまった

その事実がアスランを痛いほど突き刺してゆく


「カ…ガリ……」


そっと掛ける言葉が震える
呼びかけた言葉への反応は返ってこない
ひたすらカガリは自分の体を両腕で抱きしめ、小さく丸くなっている


「頼む……。こっちを…向いてくれないか?」


言える立場ではない、そんなことはアスランだってわかっていた
でも、それでも、このままの状態ではいられない


「嫌いだ」
「っっ」


短く、鋭く放たれた言葉は、アスランの胸に深く突き刺さる
アスランに見せない顔の奥は、きっと涙で腫れた赤い目が隠されているのだろう


「お前なんか……知らない」
「っっカガ…」
「知らないったら知らないっっ!!どっかいけよ!!」


面と向かって言われるよりも、辛いものがある
目を合わせたくないほどアスランを拒絶しているのだ

脱力感
アスランの胸の奥は、ポッカリと大きな穴が開いてしまったようだった
息をすることすら忘れてしまうほどに、彼はカガリの言葉に衝撃を受ける
どうすれば、許してもらえるのか
欲望に駆られて、彼女を傷つけてしまったことをどうやって謝罪すればいいのか
アスランは成すすべなく、ただ、呆然とカガリを上から見つめていた


万が一拒絶された場合………第6条 謝りつつ自分も辛いのだと……』


ふと、アスランの脳裏に浮かぶものがあった
それは今の今まで記憶から消え去っていた存在
キラがアスランへ送ったプログラム


「っっ」


バカにしていた
なんであんなふざけた物をよこすんだ、と
でも……今のアスランにはすがるものなんて何もないのだ
女性経験が豊富なわけでもない彼には経験を生かして乗り越えるという材料がないのだから


「っ…ご…めん……」


うつろに口にした言葉は、半分無意識だった
アスランの脳裏では、必死にキラのプログラムが再生されていた
馬鹿にして真剣に読まなかった内容
あれは、今のアスランには重要プログラムなのだ


「ごめん……っカガリ……」


痛む胸の辺りの服をぎゅっと握り締め、彼女へ必死に謝罪する
どんなに詫びたって、アスランの行為は取り消せはしない
けれど、もう過ぎてしまったことなのだ
許してもらえるまで、許してもらえる方法を探すしかない

目の前の彼女が「女性」なのだということをもっと念頭に置くべきだった
自分の理性を飛ばす材料を、目の前の彼女は十分かねそろえているのだ


「ごめんカガリ……」


可愛くて…かわいくてしかたなくて
無防備に覗き込む瞳がアスランの堅い理性を崩していった
愛しくて…いとしくてしかたなくて
彼女のすべてを自分のものにしたいとがむしゃらに抱きしめた

カガリが……どうしようもなく好きなんだ………


「でも……っ俺……」


言ってアスランは、はっとする
今、言い訳したところで彼女の怒りが収まるはずがない
寧ろ逆効果だろう


「ぁ………っご…めん…」


未だに顔を見せないカガリの怒りが、アスランをさらに苦しめる
今にも泣きそうなアスランの顔を見たら彼女はどんな反応を見せるだろうか
いや、もしかするとカガリにはすでに予想がついているのかもしれない
アスランの必死の謝罪で、その声で、その視線で……


「なんだよっ何か言いたいことがあるんじゃないのかよっっ」
「っぇ」


やっと口をきいてくれたカガリに、少しだけアスランの心が軽くなった
けれど、カガリはアスランに顔を見せようとはしない


「何もないのなら私の上から…」
「俺はっっおれ…は……」


再び拒絶されそうになるのを遮り、アスランは必死に自分の思いを言葉に変換していった
言葉にできるほど軽くない思い
それを今彼女にうまく伝える必要がある
自分は男で、女であるカガリを求めている
傷つけたくないのに、理性がどうしようにもきかなくなる
コントロールできない自分が歯がゆくて仕方がない
そんなの……我侭かもしれないけれど………


「俺も……男、だから………」
「はぁ!?」


口にした言葉に、気の抜けた声が返ってきた
やっとアスランを見上げたカガリの瞳はやはり赤く腫れている
それが、アスランの胸にひどく突き刺さっていも、彼は言わなければならないことがあるのだ


「カガリが可愛いと思うし、愛しいと思うし、傍にいたら抱きしめたい…って思うから…」


自分が「男」で、カガリは「女」なのだ、と……
痛く実感させられる
人間とは惨い生き物
大切にしたいと思う人を……傷つけてしまう
大切にしたいのに……押さえ切れない、種族維持の本能


「カガリは……、変なところで無頓着で…怖い」


それが、どれだけアスランを苦しめていたのか
きっと、彼女は気付いていないだろう
本当に……「男」という獣をしらないから


「これ以上、俺を掻き乱さないでくれないか……、もう…限界だ…」


ひどい言い方だ、とアスラン自身は思った
傷つけたのは自分なのに
それなのに、カガリが悪いように言ってしまっているのだから
きっとカガリは困惑しているだろう
寧ろ、さらに怒るだろう


「限界………なんだ」


もう、アスランは解き放ってしまったから
自分の中の「男」という意識をもってしまったから
カガリと出会って、胸の苦しさを知って、命に代えても守りたい存在になって

それでも尚、「お友達」感覚で一緒にいることは難しいから


「だから……カガリ……」


自分は、何を言おうとしているのだろうか
この先……どんな言葉を言うつもりなのだろうか
アスランは心の中に2人の自分の存在がいるように思えて仕方がなかった


「お前は人を頼るってこと知らないのか!?」
「っぇ?」


急に上体を起して、アスランに突っかかるようにはき捨てられた言葉
まっすぐアスランを見つめてくる瞳を、彼は戸惑った表情で受け止めた


「私だって……っ私だってわかってるさっ!!」


顔をぱっと赤く染めて、少し顔を逸らす
未だ乱れたままの衣服を気にも留めずに、カガリは何かを必死に伝えようとしていた


「わかってるさ、私だって。っだけどっ」


"わかっている"
それは何を意味しているのだろうか
アスランは呆然と考える
カガリの言葉の真意を悟るのに少し時間を要した

カガリの瞳に、じわじわと浮かぶ涙
アスランを睨んでいるのに、そこには「怒り」が感じられないのが不思議だった


「もっと私を頼れよっ。なんで一人で解決しようとするんだよっ」


"一人で解決"……?
これは、アスランの言ったことに対することだろう


「で、でも……そんなこと」


そう、そんなこと簡単に口にできるものでもない
ましてや、今まで女性に頓着していなかったアスランだ
言葉にするタイミングや、適当な言葉すらわからない


「私はっ!……っ私…は、アスランにとって役立たずか…?」
「そんなことないさっ。だけど…言えるわけないだろう…?」


理解を…しようとしてくれている
カガリは傷つきながらも、尚もアスランの心配しているのだ
彼女の心のどこにそんなスペースがあっただろうか
改めてアスランはカガリの心の広さに、胸を熱くする


「いきなりは……嫌だっって……前にも言ったじゃないかっ」
「っ…ごめん」


カガリの口調から、彼女が怒っているように感じたのだろう
アスランは咄嗟に謝罪した
…が……
ふとアスランは思う
今のカガリの言葉の真意は……どういうことだろう、と

アスランが答えを導き出す前に、幻聴かとも思える柔らかな声がふわりと聞こえた


「アスラン」


はっとして顔を上げる前に、視界いっぱいに飛び込むカガリの体
カガリは両腕でアスランを温かく包み込んだ
驚きで目を大きくするアスランの様子なんて気付いていないだろう
そう、いつだってそうだ


「ホント…放っておけないな、お前……。何でなんだろうな…」


眩暈を起してしまいそうなほど、柔らかな声
小さく耳元で囁かれる声に、酔いそうなほどだった
彼女の温かさが胸に光をもたらして、アスランは思わず目頭に熱いものが込み上げてくる


「わかった……から」


カガリはアスランを抱きしめたままそうつぶやいた
意味がわからず、アスランは反応に躊躇する


「だから、ほら。アスラン……。」
「ぇ?」


ほら、アスラン、と言われてもアスランには何のことだがさっぱりだった
未だにきつく自分を抱きしめている彼女が求めているものは何なのか


「っっだ、だか…らっっ」


少々焦ったような口調になるカガリ
このトーンは照れているのだろうか、とアスランはふと思う
そのせいか、カガリがアスランを抱きしめる腕に力が少し加担した


「だから………っだな…」
「…カガリ?」


アスランがカガリの体を引き離そうと少し力を入れても、逆に強く抱きしめられる
これがまたアスランを掻き乱す要因になるということを彼女は知っているのだろうか


「お前が………、言ったんだろ」
「っぇ」


弾かれたように、アスランは反応する
アスランが言ったこと…
それを、「わかった」というカガリ
するとカガリが求めている事柄は…………?


「いぃ……のか?カガリ……」


恐る恐る尋ねる声が、不自然に震える
さっきまでアスランを体全体で拒絶したいた彼女が「了解」しているのだ
戸惑いつつも、嬉しいという思いがアスランの胸いっぱいに広がる


尋ねた問いにカガリからの返事はない
けれど………


アスランを抱きしめる腕にキュッと力が込められたそれこそが
カガリの返事のすべてを語っているのだった





fin.





〔戯言〕
ぐ、ぐ、ぐるじぃ〜〜〜〜
これはまたアイタタな作品になってしまいましたねぇ。
つらかった……つらかったよ……(><)本当に大変でした。
カガリバージョンの方とどうやって変化をつけようか考えるのに脳をフル回転。
それでも少しの変化しかつけられなかったです。涙
でもそれでもやっぱりカガリ視点とアスラン視点って分けたつもりなんですよっ
ど、努力だけはしました。汗。
まぁ、この先の展開は裏に続きますが、簡単にはアスランにカガリを渡しませんわ☆笑
やっぱり「初めて」という困難を感じてもらわなくてはっっ(ふふふっ)
もう疲れてますので、裏はバージョンなしに、2人を三者的に見たナレーションになります。
とりあえず、自分お疲れ様。