まだ、あと一歩が踏み出せない 心のどこかで制御をかけて 自分の心の変化を受け止められない 踏み込めば、そこには必ず受け止めてくれる存在がいるのはわかっている その暖かい存在に素直に甘えれば楽だとは思う でも…… まだ甘えられない 頼っちゃいけない そうやって痛む胸を押さえて、君の隣で笑う僕 恋未満 マルキオ導師の施設の一室に彼はいた 窓際の椅子に静かに腰掛け、ただじっと波打つ海を見つめる 「キラ…」 部屋の訪問者が、名を呼んでもしばらくキラは振り向かない 一時置いて、ゆっくりとその瞳が訪問者を見つめた 「お夕食ができましたわ」 暖かく微笑むその顔が夕日で橙色に染まる それは彼女の柔らかさを一層増して、キラの瞳に焼き付けた 「ん…」 小さくキラは頷いて、椅子から立ち上がる キラのどことなくうつろな瞳をみて、ラクスは何を思うのか 何を思っていたとしても、彼女は決して追求しない キラの存在そのものを受け止め 何も求めはしない キラの胸の内には、いくつもの葛藤があるのは目に見えているから それを他人がとやかく言うことは、彼を壊してしまうと…… だから、ラクスができることは、彷徨うキラの「帰る場所」であるということ それがキラを、キラの心を救うから 夕食は施設の子供たちとテーブルを囲んで食べる 子供たちは無邪気で、可愛くて、そんな彼らを見ていると悩みが一瞬飛んでしまう 親を亡くした子供たちには、ラクスたちの存在が「親」だった 暖かい存在 一度は無くしてしまった、自分を包み込んでくれる存在 「ねぇねぇ、ラクスお姉ちゃん」 「はい、なんでしょう?」 「ラクスお姉ちゃんとキラお兄ちゃんは"こいびと"?」 幼い女の子が、ラクスを見上げて、首を傾げる 尋ねられたラクスは、ふわりと微笑んでそこにあった椅子にゆっくりと腰掛けた 女の子は、ラクスの膝に上体を乗せて目を輝かせ、答えを待つ 「キラは、わたくしにとってとても大切な方ですわ」 「たいせつ…?」 「そう、大切……。」 ラクスの言葉に、女の子はさらに首をかしげた 別のテーブルで食事をしていたキラと、ふと視線が交わる 決して、まだ「恋人」ではない まだ、恋人として歩むための、越えるべき壁を二人は越えていないから でも、二人の行く先はほぼ決まっているのかもしれない 「ラクスお姉ちゃんはキラお兄ちゃんのことすきじゃないのぉ?」 まだ幼い女の子には、ラクスの心内が全くわからないのだろう 大きな瞳で、ラクスを見上げて尋ねてきた 「いいえ、好きですよ。アスランもカガリさんも、あなたのこともみんな」 屈託無く微笑むラクスの言葉に安心したのか、女の子はニコッと笑って、ラクスの元を離れていった 小さな少女にはまだ何種類もの「好き」があることがわからないのだろう ラクスが言った「好き」という言葉をそのまま受け止め、嬉しそうに駆け出していったのだ 夕食後、キラはテラスで一人海を眺めていた 穏やかな風と、さざ波は彼の心の闇を流していっていた けれど、それでも胸の奥には深い傷があって、苦しみは終わらない 亡くしてしまった命を惜しまずにはいられない 自分が手を掛けてしまったもの 自分が守るべきだったもの 後悔は、キラをさらに苦しめてゆく 「こんなところにいては風邪をひきますよ」 「っっ」 ピンクのふわふわな髪が風に揺れ、キラの視界に入ってきた なぜか、落ち着くその存在 なぜ落ち着くのか、キラ自身全くわからないが、彼女の存在すべてがキラを癒していくのだ 「どうして……だろう……」 「?」 キラは、ラクスに微笑んだ後にゆっくりとその視線を海へと向けた 「ラクスが来るまで僕は暗闇の中にいたような気がするのに」 キラは視線を落としてそっと口元をほころばせる 風が優しくキラの髪をなでた 「ラクスが来た途端、心の底に淡い光が灯るんだ」 キラは再びラクスを見る 今度はじっと、そのブルーの瞳を見つめる サファイアのように美しく澄んだ瞳が、キラを写す この胸の奥からあふれ出す暖かいものはなんだろう 目の前にいる少女と共鳴しているように、心臓がトクン、トクンと高鳴る 「キラにそう言って頂けて、嬉しいですわ。」 トコトコトコ、とゆっくりキラの方へ近づく 肩が触れるか触れないかの距離 ほんのわずかな体温がお互いの存在を確かなものにする 手をわずかに伸ばせば、その肌に触れることができる しかし、彼らはそれをしなかった ただ、隣にいるだけ 「友達」ではなく、「恋人」でもない 微妙なバランスをもってして、2人の距離は保たれていた 決してもろくはない けれど、強固なものでもない ただ、2人の心の中でお互いの存在はなくてはならないものである それだけが、確かなもの 「こら、押すなよっ」 「僕じゃないよっ後ろからっっ」 「わっっ」 「やめろよっ押すなっって、バカッ押すなっっっっ」 ドテンッッとテラスが低い音を立てて揺れた キラとラクスは目を丸くして後ろを振り返る そこにいたのは、団子状態になった子供たちが数人 「まぁ…」 思わずこぼれたラクスの言葉に、キラもつられて小さく含み笑いを浮かべた 「わっ、やっべ。」 「お前のせいで見つかっちゃたじゃないかよっ」 「俺じゃなくて、お前のせいだろっっ」 責任をなすりつけながら、その声はだんだんとしぼんでいく 居心地が悪いのだろう キラとラクスを覗き見していた子供たちは、上目遣いで2人を見た 「ケンカはいけませんよ」 いつもの口調で、優しく言うラクスに子どもたちは首をすくめた 風邪をひきますわ、と室内へ促すラクスの指示に大人しく従う その後を見守るように、キラも部屋に入った 「っねぇ、キラお兄ちゃんっ」 一人が言いにくそうに、それでいて切羽詰ったようにキラを見上げる キラは、ん?と優しく微笑んで返事を返した 「どうしてラクスお姉ちゃんじゃダメなのっ!?」 「っえ?」 キラは、すっとんきょんな声を出して目をまんまるにした ラクスも少々驚いたように振り返り、キラと目を合わせる 「ダメ」とか、そういう問題じゃない 2人にはまだ時間が必要なのだ けれど、それを子供たちに説明しようと試みたところで理解するには難しいだろう どうしたものか、とキラは困惑し、目をフワフワと泳がせた 「キラはわたくしを大切にして下さってますわ。」 「っっ、ラクス…」 フォローをしたラクスに思わずキラが声をかける それに答えるように、ラクスは振り返りゆっくりと微笑んでみせた 「キラも、わたくしも……、どちらかが欠ければきっと生きていけませんわ」 ラクスは少し視線を下げて、声質を落とした けれど、すぐに子供たちへ向き直りいつもの女神のような温かい笑顔を見せる 「それくらい大切な存在ですの」 この気持ちを「恋」というのかどうなのか それでも離れられない 離れては自分の何かが壊れてしまいそうで怖い 不安の中で、相手の存在がどんどん日増しに大きくなっていくのだ 「キラお兄ちゃんも?」 ひょこっとラクスの影から身を乗り出して男の子が尋ねる キョトっとしていたキラは、一瞬ラクスの後姿を見やる すると目元を緩ませ、静かに一度まばたきをした 「………そうだね。」 その声は空気に乗って、ラクスの耳元へとそっと届いた 「さ、皆さん寝る時間ですよ。お部屋に戻りましょうね」 「うんっっ」 子供を促すのも板についた様子で、ラクスは子供たちを寝室へと誘導していった しばらくすると、ラクスが帰ってきた 海に反射する月の光で部屋は照らされている キラはその部屋の、先ほどと同じ場所に立っていた 海を見つめ、ひたすらにどこか一点を眺めていたのだ こんな光景はここに来てから毎日のように見ている ラクスはこんなキラに何も問わない キラの中でいろいろなことがまだ解決されていないのだろうと察しがついているから 力になりたい、とは思う けれど、それをキラは望むかというと、否だろう 「ごめんね、ラクス…」 「?」 海を眺めたまま、キラは波音に消されてしまうくらいの声でつぶやいた 突然謝られたラクスは何も言わずに、ただキラの後姿を見つめる うなだれるようにキラの頭が少し下へ傾いた たまらずラクスは一歩前へ進み、そっと両手をのばし、月明かりに灯されるキラを包み込んだ 「わたくしは……、」 言って、ラクスは言葉を切った キラの背中にラクスの頬が触れ、そこにほのかな熱が伝わる 「わたくしには、キラが必要です」 傍にいるだけでいい 何も言わなくてもいい ただ、貴方が行く当てなくさまよってしまった時に帰ってこれる場所であれば 「でも僕は君に何もしてあげられない…。何もしてあげてない。」 「いいえ。」 曇った声色のキラを制すように、ラクスははっきりとそれを否定した 「キラはわたくしに光を与えてくれていますわ」 「……光…?」 キラは空に浮かぶ月を見た 「キラの存在が、わたくしが生きることに意味をもたせる……」 「っそんなっ。僕は……」 キラの腕に力がこもった 小刻みに震えて、まるで自分を追い込んでいる ラクスがキラを抱きしめる腕を少し緩めると、キラはラクスの手首を軽く引きとめた 見上げたそこには、胸が締め付けられるほどに顔を歪ませたキラの表情があった 「僕はっっ………ぼく…はっっ何もっっ」 キラの瞳から涙がこぼれる寸前で、ラクスはキラの胸元へ顔を寄せていた まだ、キラの中での戦争は終わっていない まだ、キラの中での戦争は解決していない それでも、傍にいる温かい存在がいるおかげで時間をかけてゆっくりと浄化されていく過去 消えるのではなく、胸に刺さる苦しみの棘を拭い去り、生きる糧とする キラにはラクスが必要で、ラクスにもキラが必要で それが恋と呼べるのなら簡単なのかもしれない 曖昧な距離が、曖昧な感情の中でひっそりと確かな想いを築いてゆく それに気付くのは明日か…あさってか…一ヵ月後か、一年後か それは彼ら自身の未来が教えてくれること…… fin. 〔戯言〕 はい〜、キララク?微妙なお話です。 別に攻め受け関係ないんですが、二人のお話です。 キラの表情は結構まだ暗く感じるんですよね〜と思ったときにふわふわ〜っと出来上がりました キラの中ではまだ葛藤が日常茶飯事で行われているんでしょうね。 きっとそれは傍にいるラクスの存在があるからこそ和らいでいるというように思います。 戦争で傷ついて心は癒すのに時間がかかるでしょうから、これからが勝負です。 というか、デスティニーはキラとラクスが鍵を握ってそうな気がしてならないのは私だけでしょうか? 絶対あの2人だけ世界が違うと思うんです。 あれはきっと世界を救うためのキーになるからなのではないか、と。 あ、でもそれならアスランとカガリにもそんな存在になってほしいな♪ |