アスラン
お前がここにいたらこんな私を叱るのかな
アスラン
お前は私の決断をどう思う?
アスラン
私はオーブの代表として、常に正しい選択をしていきたいと思ってる
アスラン
私は今でも……これからもずっと、……ずっと、お前が好きだぞっ

だから……お願いだから……不甲斐ない私をっ、今、すぐ、叱ってくれよ
こんなことでしか国を守れないのかって、一言でいい、私を叱って
アスラン……一番傍にいてほしいのはお前なのに、どうしてここにいないんだよ……





叶えたい夢、叶わぬ夢






閣議が終わり、深いため息をつきながら部屋を出たカガリを5,6人の男が静かに囲んだ
目の前がふさがれたカガリは怪訝な顔で彼らを見上げる


「なんだ?お前らは。」


見かけない男達に虚勢をはってカガリは言った
カガリの後ろには部屋を出ようとしていた首長たちが何事かと首を伸ばす
黒いスーツを身にまとう男、さらにその後ろにはまるで秘書のように控える女の姿も見えた


「セイラン家よりアスハ代表をお迎えにあがりました。本日よりご婚礼の日までセイラン家総出でカガリ様をお迎えいたします。」
「っはぁ?何をっっ」


突然の申し出に眉を寄せて目の前の男達を睨むカガリ
そんな彼女を静かな、そして聞き覚えのある声が制した


「カガリ。」


そこには甘い笑顔のマスクをそなえたユウナ・ロマ・セイランがいた
カガリの幼馴染みで、セイラン家の御曹司
親のすねをかじって首長になりあがっているであろう男だ
しかし、それをカガリに言う資格などなかった
カガリもまた、先代のウズミ・ナラ・アスハの遺志を受け継いでいるといっても七光りだとの陰口は絶えないのだから

ユウナはざわつく首長たちの間を悠々と通り抜け、カガリのすぐ後ろまで歩み寄った
さらに彼は、さも見せ付けるようにカガリの肩を抱く


「もう何を言わずとも、わかっているよね?カガリ。」
「っっ」


それは優しく聞こえる残酷な言葉
カガリの顔が、いよいよ引きつる
ユウナの言葉が意味するものが何なのかがはっきりと理解できる自分に嫌気がさした
笑顔で隠れたその奥には、かなりしびれをきらして苛立ちを覚えたユウナの本当の顔が見え隠れする
それにカガリは気付いているのかいないのか…
今までそれとなく話を受け流してきたカガリもここまできて、すでに逃げられないのだと悟った


「だがっこんな所にまで……っ」


オーブの復興
そのためにずっと今までやってきた
やっと復興に光が見えてきた今、国家元首の結婚がどれほど国に活気をつけさせるか
カガリだってそれがもつ効力が絶大なことは理解できる


だが
だからといって、カガリには………
カガリには……


今までユウナがほのめかして言っていたことが突然目の前に具体化して現れたのだ
しかし、カガリには拒絶することはできない
胸の奥に思う人がいるのだと、それが誰であるのかと、国中に告白することができない
できるはずもないのだ
今のオーブには、痛手を誰と分かち合うのか、希望を分かち合う仲間は誰なのか
それを誤ることは許されない
よって、その「誰」はコーディネイターであるアスランではあってはならないのだ


「今、国に必要なことは何か。考えたらカガリが選ぶべき道は……、わかるよね?」
「………。」


ユウナは静かに諭すような口調で言った
カガリにはもう逃げる道は用意されていないのだ
その日、カガリはアスハ邸には戻らなかった


*********************


セイラン家での生活はカガリにとって窮屈以外の何ものでもなかった
ウナトの妻、つまりユウナの母は礼儀作法には目ざとくうるさい
カガリの言葉遣い、立ち振る舞いはことごとく彼女の小言を生み出した
自由奔放に、姫と呼ばれながらもそれらしき気配はまったく好まなかったカガリにとって礼儀作法とは空の上の別世界のもの
過去に何度か強要されたこともあったが、カガリには何の身にもなっていなかった
虫唾が走る、と拒否し、優雅さを好まず、ドレスを拒み、父に世界を知らないといわれれば無鉄砲に戦渦へ飛び込む、そんなカガリだ
色気のない服の方が自分に合うと、タンクトップと薄汚れたズボンに身を包み、レジスタンスに加わり砂漠の虎に立ち向かった

活発で、じっとしていられなくて、無鉄砲で、まっすぐなお嬢様
今、彼女は国の母となり、何千万もの民をその肩に背負っている
もう、ありのままのカガリではいられないのだ



『カガリだっっ!お前は?』
『アスラン!』



お互いに悪い印象ではなかった
出会い方は最悪だったかもしれないが
それでも、カガリにとっては大事な彼、アスランとの出会いのあの日
ふと脳裏にちらついて、カガリは、ふっと小さく微笑んだ


「アスラン……」


せめて、夢の中でだけでも思わせてほしい
そう切実に願った
結婚すればアスランと会うことすらままならないだろう
ただでさえ緊迫した情勢の中、アスランはプラントへ発ってしまったのだ
これから何が起こるかわからない
そしてこれからは彼を好きだと口にすることすら、もう許されなくなる


つい先日左手薬指に通された指輪はもうカガリの指を灯さない


もし指輪が見つかれば奪われるのはわかりきっていた
自分の決心がつかないまま他人に触られ、はずされるのは絶対にいやだった
奪われるくらいなら自分から手放す
脳裏にちらつくのは指輪を薬指に通してくれた時のアスランの赤い顔
気の利いた言葉も言えない、不器用なアスランの顔
それがとても好きで、どうしようもなく好きで、だから今、カガリは指輪をはずした

輝きを失ったカガリの指は、空虚に感じられる
ベッドに仰向けになり、手を上にかざしてみると、なぜか見慣れたはずの自分の指がひどく寂しげに見えた…





数日に及ぶセイラン家での花嫁修業は結婚式前日で幕を閉じた
明日は本番
部屋の入り口横に飾られたウェディングドレスがカガリの視界にちらつく
あれは誰のものだろう
カガリはまるで他人事のようにぼんやりとそれを見やった

あのドレスを着れば、自分はどんな立場になるのか、国はどう動くのか
さらにオーブの復興を全力で推し進め、国民の士気を高め、国は安泰への道を進む
だが、しかし、それでも……
カガリの中でやるせない思いがまるで消えない
どうして……、と自問するまでもなかった
目を閉じるとすぐに浮かぶのは、いつも傍で支えてくれた大切な人
自分はその人への思いを捨て、別の人と未来を築くために明日結婚をするのだ


「カガリ。入るよ。」


ノックと同時に今一番聞きたくない声が扉の向こうから聞こえてきた
半ば投げやりに返事をすると、声の主、ユウナ・ロマが部屋へと入ってくる
カガリは、チラリともそちらに視線を向けずに小さなテーブルに頬杖をついて仏頂面を押し通した


「とうとう明日だね。カガリもようやくそれらしくなってきたみたいじゃないか。母上から聞いてるよ」
「そうか。」
「あのドレス、きれいだろう?君の為に腕の立つデザイナーにデザインさせたんだ。」
「ふーん。」


結婚式に期待を抱くユウナとは正反対に、カガリからの返事はやる気が全くない
目も合わせず、微笑みもせず、ただ、話を聞いているだけ
好きでもなく、それでいて嫌いというわけでもない
そんななんとも思わないユウナとの結婚はカガリの中では未だ現実味を帯びていなかった
セイラン家にいる間は、アスハ邸にいるときに比べ空虚な気持ちになる
礼儀作法以外は何をするでもなく、ただ呆然と外を眺め、部屋に用意された数々の作法の本を興味なさげにパラパラとめくってみたりする


「カガリ」
「っ!?なんだよっ」


本を読んでいたカガリの顔を無理矢理上に向けさせた
顎を捕まれたカガリは嫌悪感を抱き、きつい言葉が口をついて出た


「いいかげん、自分の立場を分かってもらわないと困るね。」
「っっ。」


目の前の双眸はいつものヘラヘラ顔ではない
凍てつく瞳は、カガリの体を刺して、身動きを許さなかった


「明日には、君は僕の妻となるんだよ?」
「そんなことっ」


そんなことわかっているさ
カガリは、やけになってユウナの瞳を睨んだ
改めてそんなことを言われずとも、カガリは承知でこの「選択」をしたのだ
悩んで、悩んで、それでもこの道を選ぶことが、叶えたい未来を現実のものとできるすべであると思ったから。


「そんな目で僕を見ることが出来る時点で、立場が分かっていないことが明白なんだよ。」


さらに細められる瞳は、至近距離でカガリの瞳を悲壮なものへと変えた
声は冷たく、あがらうことも許されず、捕まれた顎は麻痺したように感覚がない
こんなユウナをカガリは初めてみた


「"あいつ"はオーブここにはもう戻ってこない。」
「!?なにをっっ!あいつはちゃんと戻ってくるさっ。あいつはっ」
「あいつは、…………何?」
「っっ…。」


ユウナはカガリを通してアスランを侮蔑するような目をした
しかし、カガリは自分が侮蔑されているようにしかとらえられず、それ以上言葉は口から紡がれることは無かった


「連合と条約を締結すればプラントとは敵。プラントへ行った"アレックス"はプラントへ留まることを余儀なくされるだろう。あるいは捕虜か。それでなくとも、すでにコーディネイターであることが敵になるんだよ、カガリ。」
「くっっ」


ひどく優しげにユウナはカガリの金色の髪をすく
横髪を耳にかけてあげると、カガリは肩を反射的に強ばらせた
ユウナの口元がすっと耳元へ移動するのを感じると、全身の神経を硬直させ、同時に自分の体が動けなくなっていることに愕然とする


「君はもう、僕から逃げられない。」


耳元で声を潜めて言われた声が、彼女の脳裏に深く刻みつけられる
カガリの愕然とした顔をなでると、不適な笑みを送り、そのままユウナは部屋を後にした

ドアの閉じる音で、カガリの緊張の糸がぷつんと切れる
再び視界に入ったドレスを、カガリは直視することが出来なかった
叶わぬ夢、叶えたい夢
夢は希望を与えることもあれば、絶望へと導くこともあるのだと、カガリは初めて知った

頬を伝う滴が、声なきカガリの悲しみを表すように止めどなく流れ落ちていった










「アスラン……」


名前を呼べば、振り向いてくれた


「アスラン……」


いつもそばにいて守ってくれた


「アスラン……」


"君を守る"と約束をしてくれたあの日から、カガリのすべてはいつの間にか彼が基準になっていたのに


「私が……壊した」


自分の不甲斐なさ、自分の無力さがカガリの胸をひどくえぐる



目を閉じればそこにはエメラルドの双眸がカガリを見つめる
会いたい
強く思うほどに、カガリの胸はひどく締め付けられていく
夫になるもの以外を愛することなどできないことは重々承知している
けれど、無理だ
これほどまでにカガリの中を満たす存在は「彼」以外にありえない


「アス…ラン……。…アスランっっ」


明日の夜には他の男のものになる自分の体を強く抱きしめ、カガリは一生目覚めなければいいのにと静かに眠りに落ちていくのだった








fin.




〔戯言〕
なんだかもう最後の方はよくわかんなくなってきましたが、シリアスなんだぁということだけ確かです
でも暗ぁ〜いままで終わってしまって後味悪いですねぇ。すみません。
カガリがユウナと結婚するって決まった時はかなりショックだったんですよ。
なので、そのときの心の暗さを反映したような小説になってしまいました。
ユウナ好きさんには悪いんですが、本当に私は彼を好きになれないんですねぇ。
え?なぜかって?
もちろんアスランの敵なので。
彼の使い道はせいぜい、「アスランとカガリのラブ度を上げるための道具」です。
それ以上はありません。以下はありえますけど。笑。
今回のカガリはひたすら「アスラン、アスラン」うるさいですが、まぁスルーでお願いします。
カガリも拠り所をなくして精神不安定なんですよ。
私がスラスラ〜ッとマンガでも描ければいいんですけどね。文字だけではあまり伝わらないです…