ねぇ、本当だよ。
君は僕のお日様だった。





果て無き空から愛を込めて






初めて君と僕が出会ったのは10年以上も前。
行政府に勤めていた父さんに、国を支える場所を見てみるか、と言われ見学に行った日だった。
もともと政治に関しては興味があったし、一般市民が易々と入れるような場所でないところに行くことが出来る優越感もあって、その時の気分といったら絶好調だったのを覚えてる。











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「すまんが、ちょっと待っていてくれるか。」
「あ、うんわかったよ。」

素直に返事を返して、丁度後方にあるイスに腰掛けていようと足を進めた。
イスに背を向け、座りかけたその時。
ふと耳に、甲高く、それでいてどことなく幼い笑い声が聞こえてきた。
音を頼りに視界を巡らせると、窓の向こうに広がる中庭が目に入る。
緑の芝生は隅々まで手入れが行き届き、雑草など全く生えていない。
日の光をいっぱいに受け止め、青々と繁るその中で、ある一点に釘付けになった。

「やぁ〜っ待ってよぉ〜。チョウチョさんっっ」

小さな二つの手が、宙を舞う蝶を必死で捕らえようと追いかけている。
まるで蝶はそれを面白がっているかのように、すり抜けて、高く高く舞い上がっていった。
ふよふよと宙を漂う蝶を追いかけて、ぴょんぴょんと飛び跳ねると、癖のある金色の髪がふわふわと動く。

「っもうっ。あとちょっとだったのにぃっ」

プンッと頬を膨らませて空を睨んだかと思えば、不意に少女の身体が後ろに傾いだ。
あわててユウナはイスから立ち上がって、ガラス張りの窓を開け放ち、少女が倒れた場所まで駆け寄って声をかける。

「大丈夫っ!!?」

息を切らて芝生に膝をつく。
あぁ、応急処置の仕方はどうだっただろうか。
心肺蘇生法は……
そんなことを頭の中で思い返すものの、空回りに終わった。

「ん?なに?」

でもそんなユウナの努力もむなしく、返ってきた言葉はすっとんきょんな答え。
驚いたようにまん丸にした夕焼け色の瞳が、のぞき込むユウナの顔を見上げる。

「き…君……、今頭から倒れて……」

半放心状態で言葉を紡ぐと、目の前の少女はキャッキャッと楽しそうに笑った。

「寝っ転がってたのっ。気持ちいいよっ。」

キャハッと笑い、その破天荒な女の子はこともあろうにユウナの手をぐいっと引き寄せ容赦なく草の上に叩きつけてきた。
突然のことで何の心構えもなく、びしゃっと顔からもろに地面にうつぶせる。
でも、横に寝そべって空を見上げている彼女は涼しい顔で空気を肺いっぱいに吸い込んで気持ちよさそうにしていた。
ユウナが鼻をさすっていることもまったく気に止めた様子もなく、なんだか少しムッとしたがなんだか怒る気にはなれなくて、そのまま彼女に倣って草の上に寝そべり空を見上げた。

「こうやって手を上に上げるとね…」

そう言って、少女はうれしそうに宙を手で掻く。

「雲がつかめそうでしょ。」

つかめるはずもない雲を掴もうと彼女は両手を宙でぐるぐる回していた。
何が楽しいのか、さっぱりだが、彼女はなぜかすごく意気揚々とユウナに自分と同じようにするように薦めてくる。
仕方なくおずおずと手を空に伸ばしたものの、そこには空虚な空間しかない。
なんだかすごく馬鹿らしくなった。

「これのどこが楽しいの?」

少し冷たかったかな、と思いつつもユウナは問わずにはいられなくて、腰を起こしながら聞いてみる。
そしたら驚いたことに、先ほどまで馬鹿みたいに騒いでた口は静かに閉じてしまった。
キラキラと輝いていた琥珀の瞳も少し翳りをみせて、思わず「しまった」と息を呑む。
すると、彼女は両足を上げ、反動をつけて一気に上体を起こした。
機敏な動きに、思わずあっけにとられる。

「んっもう、夢がないなぁ。」
「っえ?」
「いいのっ、綿菓子みたいでおいしそうだから取りたいのっ。」
「はっ?」

一瞬見せた顔はなんだ?と思うくらい彼女はにっこりと笑顔を浮かべて、ユウナの心臓をぐっと捉えた。

「とっても遠くても、近くに感じられるでしょ?」

いつか絶対食べてやるんだからっ
そんなことを意気込んで言っている彼女は、お日様の光を一身に浴びて、まるで大自然に愛される妖精のようだった。

今まで自分のはるか上空に位置する雲など意識したことのなかったユウナにとっては、目の前ではしゃぐ少女の言葉がまるで未知のものだった。
一緒にいると突拍子もないことをやってみせて、ユウナを驚かせ、そしてそれは興味深くユウナの記憶に刻み込まれる。

その金髪の少女がオーブで有力なアスハの令嬢でユウナの婚約者だと紹介されたのは、二人がはじめて出会ってさほど日にちが経過していないころだった。
しかし、当の本人達は突然振って沸いたような話題に、ついていけるわけもなく、あまりに先のことで実感も全く沸かない。
ずっと二人の関係は友人止まりで、婚約の話などほとんど記憶の最奥に潜んでいる状態だったのだ。











そんな中、カガリは突然ユウナの前に知らない男を連れてきた……











「今日から私のボディガードをしてもらうことになった、アレックスだ。」

男のくせに綺麗過ぎるほどのビジュアルでカガリの後方からすっと姿を現した見知らぬ男を見た瞬間、ユウナの脳裏に駆け巡った過去の「決め事」。
背筋を走り抜ける記憶は、ユウナのカガリに対する友人以上の思いに拍車をかけ、目の前の優男を牽制するに至った。

「やぁ、よろしくアレックス。僕はカガリの婚約者のユウナ・ロマ・セイランだよ。」

驚く顔がみたいと思った。
困らせてやりたいと。そのときユウナは初めてカガリを独占したいと思った。
もちろんカガリは慌ててユウナの言葉をさえぎったが、アレックスには効果的であったのは一目瞭然だった。
小さいころからのカガリを知っている。
そんな優越感が体中に渦巻いて、カガリの視線をかいくぐりユウナはアレックスに鋭い視線を幾度となく送った。

しかし憎たらしいことに、カガリはアレックスと中睦まじげに言葉を交わし、屈託ない笑顔も彼に見せている。
それがむしょうに腹立たしく思え、アレックスを見かけるたびに皮肉を置き土産として吐いていった。
子供じみた嫉妬だと自分で呆れてみても、やはりアレックスを見ると何か言わなくては気がすまない。
今カガリが必要なのは自分なのだと主張したかった。
お前は必要ないのだと。


けれど程なくしてユウナは気づいてしまう。
他でもない、カガリがアレックスを求めているのだということに。












          いつから僕は君を僕だけのものにしたいと思ったんだろう。














純粋に                  君を愛してた












そんなことを言っても、きっとカガリは無邪気に笑ってユウナの背中を叩きながら「な〜に言ってんだよっ」と言うだろう。
それでも呟かずにはいられない事実。

愛してる。

その言葉の重みは、死して尚、強く思念としてカガリに向けられる。
瞳を閉じてカガリを思えば、近くに寄る事ができる。
けれど、それだけ。
いくら好きだ、愛していると言ったところで、まったく気づかれる様子はない。

そう、だって、カガリの心は別の男へ向いているのだから。












君は僕のお日様で、いつの間にか僕はその光を求める大地の葉になっていた。













君は僕にとって特別な女の子だったんだよ………












カガリが周りにワケ隔てなく光を与えているなどと、信じたくなかった。
カガリの光は自分だけのものだと、ユウナ・ロマ・セイランへ向けるものがすべてだと、そう思いたかった。
でも、そう思えば思うほど虚しくなってしまう心。
カガリの視線を追えば追うほど、その琥珀の瞳が自分以外の誰かを見つめているのだと気づかされてしまう。
ユウナはカガリの数多くの知り合いの中の一人なんだということを自覚することが悔しくて、汚い手で彼女を縛りつけようとしていた。












殴られたときはすごく痛かった…
痛かった……けど、君の視線が本当に久しぶりに僕をまっすぐ見上げた気がした。
それが不思議と僕の心を満足させている事に気づいて正直驚いたよ。












ユウナの死はは事故死として片付けられ、書面がカガリの元へ届いたのは戦争終結の直前だった。
カガリの愕然とした姿は、肉体を持たないユウナの胸の奥に浮かび上がる。
それだけで何故だか満たされた。
言葉のない驚き。
ただの友人にそんな驚きは見せないよね、そう思うことで少しは救われる。
たとえ、その心を支配できないとしても、ユウナの死を心から悼んでいることは一目瞭然だった。

歪む顔、揺れる瞳、噤む唇、震える心。

霊体となってしまったユウナの中に流れ込んでくるカガリの様子が、まるで目の前にカガリがいるように鮮明に心に映し出される。
決して嫌ってなどいなかったと、カガリの思念が伝える。
脳裏に刻まれた二人の思い出は、今同時に思い返された。












ねぇ、カガリ。
君は僕の太陽だった。
今度は僕が君を照らしてあげるよ。









fin.




〔戯言〕
まとまりのない文でごめんなさい。一人称だったり三人称だったり…。
オフでユウナをよく書いているからでしょうか、何故か彼中心の話ができてしまいました。
ユウナが死んでから、ユウナ自身が思っている心情、みたいな感じでしょうかね。
自分でもびっくりです。彼のことはあまり好きじゃなかったのに、なぜこんなにも切ない(?)純粋そうな話ができてしまったんでしょう?本編を見る限りでは絶対こんな純粋な気持ちを抱いてないですよねぇ彼。
本編見てても私はユウナに純粋な恋慕があったのかわかりませんから。
というわけで、これは勢いです!ノリです!そしてかなり行き過ぎた妄想です!
ユウナ→カガリを書くことになろうとはまったく思っていませんでしたよ。
でも、マーナさんの言葉から結構昔から二人の婚約っぽいことは決まっていたようですし、小さいころだったら純粋にユウナはカガリのお転婆ぶりに振り回されながらも惹かれてそうだなぁと思ったんです。
でもやっぱり重要な位置についてしまうと、上へ上へという欲が出てきて、恋慕がひねくれていってしまい、カガリを道具に自分が上に立つ……となってしまったのかなぁ?と考えられなくはないな、と思います。
あぁ、でもユウナのあのダメ男ぶりが全然この話に出てきてないような気がして、それだけが失敗です。
あのベタなおかしさぶりはいくつの頃からなんでしょうねぇ?きっとウズミ様の前ではちゃんとした男を演じていたんでしょう。じゃないと、あんな男を愛娘の婚約者にしないでしょうからね。